微笑の国「タイで暮らして」

―見事な共生社会―

 

「国際化」と異文化理解  
                                              Sooksommai.Tomoko 1997

 

 「国際化」という言葉が使われるようになって久しい。日本では、まず、英語の能力がその条件として挙がることが多い。しかし、世界中を見渡すと英語を介さない人の方が多い。「共通語」の習得が必要なことも確かだが、得てして、「国際化」を英語を使う国々の尺度(主に、米国)で、物事の価値を測っていくことと混同しているようにも見える。世界には多様な民族・文化・言語がある。それらの価値を同等に評価し、尊重できる感性と能力を養うことが「国際化」への第一歩ではないだろうか。

 

   20世紀は西洋の科学合理主義的な価値観や経済システムが世界中に浸透した世紀だと言われる。最近は東南「アジア」の経済発展もメディアで伝えられることが増えてきた。以前のような「秘境」的イメージは薄れたとは言え、依然、東南「アジア」は近代経済システムに乗り遅れた後発国として語られることが多く、その独自の文化や価値に視線が注がれることは少ない。

 

  日本企業の進出や、円高によって多くの日本人ビジネスマンや観光客がタイを訪れるようになった。また、私たちは日本の生活の中でタイのモノを手にし、タイの食べ物を食べている。日本で働くタイ人や留学生も増え、国内にあっても交流は増えたはずである。しかし、私たちは正確なタイ国観に近づいただろうか。未だ、表面的な文化交流の段階で理解へは至っていない。私自身も理解など到底なしえていない。しかし、メディア等で語られるタイ国観とは違う印象を持っているのでそれを紹介したい。

 

 それは、見事な共生社会であったことである。男女、民族、そして、教育、日常生活、そのほか、様々な場面で見られる異質なものとの見事な融和・共生。ここでは、その中の男女の共生についてお伝えしたい。