タイの女性・家族

 

イ)       女性と高等教育と社会進出

 

 タイ国は日本と同様に古くから栄えてきた国である。日本の明治維新に当たる時期、現在でも名君として敬愛されているラーマ5世(18531910)は、ヨーロッパからの文化・技術の導入に努め、政治機構の改革・官吏養成学校の設立による教育制度確立など、政治・社会、さらに、軍隊の近代化を推し進めた。

 

 そのあとを継いだラーマ6世は、タイで初めての総合大学設立に尽力したことで知られるが、女性の社会進出には特別の理解を示し、その後開学された大学は、いずれも男女共学である。現在もタイには女子大学というものはない。初等・中等教育にわずかに別学があったが、共学への移行が進んでいる。

 

 また、立憲革命後(1932年)、政治的実権を握ったピブーン・ソンクラーン元帥も女性の地位向上をナショナリズム運動の一環にしていた。彼は女子の教育機会の増大や公務員としての採用拡大に力を注いだ。このような経緯で、タイでは近代的エリート教育が始まった当初から女性の進出が進んでいた。これが、アジアはもちろん世界においても、社会に出て働いている女性の割合が、高い水準にあると言われている所以である。

 

 記憶に新しい1992年の民主革命によって誕生したチュアン政府も男女の機会均等政策を優先させ、行政の長として女性を任命するなど、諸策を練っているところである。

 

 資料

タイにおける大学以上の高等教育習得者(卒業者数%

1

 

1986

1987

1988

1989

2

男性

45.5

45.4

45.3

45.3

3

女性

54.5

51.6

52.7

52.7

Thailand Figures 1992-93, Alpha Research Co,Ltd.

 

 また、大学などにおける女性教員の割合は、日本がわずかに8%(1975)1992年でも13パーセントの低率である。それに対して、タイでは56%(1975)である。現在では、8割が女性と言われている。このことからも女性の高学歴、職場への進出が理解できるであろう。

 

 

ロ)       タイにおける性差役割

 

 では、伝統的にタイの家族、そして、女性の役割はどうであったのか見てみよう。タイ族は稲作を中心とした農耕民族であった。チャオプラヤー川沿いの肥沃なデルタには大穀倉地帯が広がっている。GDPにおける工業分野の比重が増した現在でも、国民の60%は農民である。

 

 タイ族は、現在の中国南部・雲南省より稲作の適地を求めて、緩やかな速度で移動してきた。より豊かな土地を見つけるとともに、戦争を避けながら南下し、役1千前、現在のタイ、つまり、インドシナ半島の中央部に大きな大国を建て勢力を伸ばしてきた。一時期には、マレー半島全体と、さらに、インドネシアの一部にまでタイ王国の領土を広げたこともある。タイという言葉の意味は「自由」・「独立した」である。過去に他国と戦争をした経験が少なく、むしろ、外交だけで国の独立を守ってきたとも言われる。そういった性格を背景に、周りの文化をうまく取り入れつつ、調和した新しい形の文化・言語を形成してきたのである。

 

 さて、このタイの稲作社会では男女共平等に農作業を行い、国の繁栄を築いてきた。たまに、周りの国と戦争をするような際は、男性は戦場に出て戦い、女性は村に残り農作業を行っていた。

 

 日本と大きく違うのは、タイは昔から母系的社会であったことである。北部では「家の霊」と女性が結びついていて、異なる母系集団の女性が同じ家に住むと、彼女らの「家の霊」同士が衝突してしまうと言われていいる。このため一般的に結婚したら男性が女性側の家に住むという慣習である。その他の地域でも母方要素の強い双系的形態が目立っている。双系的と言うより、出自にこだわったものではなく、都合の良い方と生活している捉える方が分かり易いだろう。

 

 

 アメリカの人類学者のジョン・エンブリーは、タイ社会の組織原理の緩やかさや行動の柔軟性から、タイを「緩やかな構造を持った社旗」として特色づけたが、性差の観念にもそれは現れている。タイでは男女の分業があまり明確に見られないということが、17世紀以来、西欧からタイを訪れた人々の間では、一つの話題になっていたという。1950年代にタイ農村を調査したアメリカのある人類学者は、男女間にあまり明確な分業が見られないことを、インド、中国、日本、フィリピンやインドネシアなど、他のアジアの国々と比較する時に表れる、タイ文化の大きな特色であると述べている。日本で現在も一般に女性の仕事とされる炊事・洗濯・買い物・兄弟の世話について、タイでは男女どちらの子供にも教えるべきだと考える家庭が多い。また、日本で問題になっていた家庭科についてだが、中学校より男女とも選択科目の一つとされ、自由に受講しているそうである。男性が家事に参加することは、日本より当然のこととされている。逆に、女性が外で働くことも特別視されていない。

 

 タイ文化の中で、男女差が最も厳しいかたちで現れるのは、インド伝来の仏教の世界であるが、それを除いて、男女平等というタイの伝統が基本的には続いていると言える。

 

ハ)       タイの家族

 

   家族の在り方は、「核家族」、「拡大家族」共に見られる。直系家族だけでなく、様々な親族の組み合わせで住むことが非常に多い。親・兄弟姉妹に加えて、叔父・叔母・伯父・伯母・兄弟姉妹の子供などである。互いの干渉は少ないが、親族の絆意識は強い。女性が外で働く場合、その親が孫の面倒をみて、若い夫婦が一家を支えるというように役割分担することも多く、老人だけが孤立した社会を作るということは少ない。タイ社会では年長者に対する尊敬という美徳がある。儒教的な厳しさもなく、長老性社会というわけでもない。やはり、緩やかな伝統である。しかし、この中で老人は日本の場合より、かなり大事にされているように見える。また、伝統が社会の中に保たれているので、仏教に関する行事など老人の知恵が活きる場面がある。

 

 家族の中で、親子・兄弟姉妹とも相互に平等な関係にあり、親孝行は美徳とされるが、子どもの父親への一方的な服従が強調されることはない。兄弟姉妹も男女の別に関係なく待遇は同じである。例えば、親の事業を継ぐのは長男に限られているわけではなく、子どもの性格と能力によって跡継ぎを決める。財産の分け方も当分である。

 

 タイには祖先とか、数代さかのぼる家族という観念が薄いと言われる。家の姓というものは、ラーマ6世が1912年に官僚制度の整備の必要上から制定するまで一般的ではなく、現在も公式の場では名前で呼び、親しい人や職場の人でさえ苗字は知らないのが普通だ。改姓も容易だそうで、姓に対する意識は日本とかなり違う。また、夫と財産を別々に管理するために、結婚届けを出さない事実婚も多い。(もともと事実婚の慣習が残る地域もある。)制度より現実志向、しかも周囲が寛容なタイらしい話である。

 

    こういった環境の中での、タイ女性の家庭でのあり方は日本と随分違う。昔はタイでも「男性は象の前足、女性は象の後ろ足」、つまり、女性は男性の方を見て、それに自分の行動を合わせるという考え方が一般的であったらしい。しかし、今ではもともとの平等意識や女性の高学歴、型にはまらない価値観に支えられ、男女ともに外へ出て働き、それぞれの持ち味を最大限に引き出そうとする働き方が多くみられる。女性の方が仕事において有能であれば、男性よりも高いポストに就いて、より高い給料をもらい、家計を支えるということもしばしばである。また、ある程度の役職に就いた女性が駐在員として海外に赴任するにあたり、仕事を持った夫が休職してついていくことも多い。結婚して出産した女性が自分の親と子供を夫に任せ留学するということも珍しくない。女性が家事一切をし、子どもの面倒を見るといった、決まりきったパターンで結婚生活を送っているわけではない。同じようなケースが日本であれば、周りがどのような評価をするであろうか。

 

 共働きの場合、家事は家政婦に子どもは親に任せるケースも多い。一般的に、女性が仕事上の用事の時には、男性も家事・育児を担当する。タイでは、食事は外で買ってきたり、外食で済ませることが多い。おかずは屋台や、家の一階をお店にした総菜屋などで買うが、食事の種類も非常に豊富である。材料を選んで作ってもらうこともでき、家庭料理と変わらない。食材が豊富であり味もかなり良いが、店が簡素なので、値がはることもない。もちろん、デパートやスーパーマーケットでも総菜は売っている。共働きで家政婦がいなくても、食事の支度に追われることはない。

 

    外食するとき、タイでは家族・親族と行くことが多い。レストランの中心が公園になっているのをよく見るが、これは、子どもたちは食事を済ませて遊び、親たちはゆっくり食事を楽しむようにできているためだ。暑い国なので夕方から出かける習慣は以前からのもので、店も遅くまで開いている。洗濯はドライクリーニングだけでなく、普通の家庭の洗濯を肩代わりするような簡単な洗濯屋がいる。朝、洗濯物を取り来て、アイロンもかけて夕方持ってきてくれる。値段も安く利用し易い。社会分業が進んでいると言えないだろうか。

 

 タイでは、欧米の影響でLadyFirstの習慣がある。例えば、食事会の時など、先に女性に席についてもらい、後から男性の席を決める。また、家族で買い物に行く時も、必ず夫が荷物を運ぶようだ。もともと、タイの人々は、老人・妊婦・低学年の生徒や乳幼児、そして、女性や障害者たちに気配りがあるように見える。日本に来たタイ人が乗り物のシルバーシートに驚くが、これはタイでは席を譲ることが当たり前だからだ。また、ホームパーティーや友人・知人との会食も多い。職場の昼食会や忘年会などでも、夫婦だけでなく、親や子供も同伴することが多い。女性の職場の会食にも同様に夫や家族が同席している。職場の男性だけ、女性だけという会食の方が珍しい。

 

 タイでは女性への接し方、女性を認める態度が日本とは大きく違っている。また、欧米とも違うと思う。比較すると女性の持っているパワーを十二分に引き出せる環境のように見える。

 

 ちなみに、タイの学校では混合名簿だし、並び方も男女別にこだわらないそうだ。日本で男女平等が唱えられて久しい。その実現のために尽力されている方も多い。しかし、日本を見ていると男女の別だけでなく、とかく人の生き方を型にはめすぎて、他人の自己実現を阻んでいるように見えて仕方がない。私がタイにいた頃、日本の一人当たりのGDPが世界2位になった。アジアでは1位を続けていた。数字上は豊かな国になった。しかし、おのおのの個性を認める幅も大きく、それだけ自己実現の可能性が高く、互いに満足しあっている国に暮らして、どちらが豊かなのだろうという疑問は今も変わらない。